盆が過ぎたのに、暑い日が続いていますね。静岡県の浜松では41℃を超えました。こんなにクソ暑い日が続くと、屋根屋としては文字通りの死活問題になってきます。そんな中、鹿児島県指宿の同業仲間、池堂さんが過去の鹿児島の気温をFacebookにアップしていたので、名古屋についても調べてみました。
1980年の8月は一カ月間で30℃を超えた日が13日間。8月16日に34℃を超えた日が一日あります。
ところが僕の生まれ年、1972年8月はもう少し暑かったようなので、1980年は冷夏だったのかもしれません。
30℃を超えなかったのは10日間で、35℃を超えた日も4日間ありました。とはいえ、最高で36.1℃。つーか、それでも30℃以下の日が10日もあるんですね…。
ただ、goo天気で調べられる最も古い年、1961年8月だと意外と暑くて30℃を超えなかったのが3日だけで、36.7℃なんて日もありました。
ただ、今みたいに毎日が35℃を超え、体温を上回るような気温になることは無かったようです。
当時、今よりは涼しかった1970年代前半までの屋根屋の働き方といえば、暑い日中を避けるために、朝は5時か6時から作業して、10時から15時くらいまで休憩。その後に18時、19時くらいまで作業するというふうにしていました。
当時よりもかなり暑くなった現在こそ、本来であれば昔みたいな働き方をしたいところですが、6時から作業したらご近所から叱られることは必至です。空調服なんてあったって、暑いものは暑いわけで、屋根屋以外も含む、これからの屋外作業は経営者側が労働者の体調に配慮し、時間によっては現場を休むという決断をしなければならないでしょう。そのためには真夏は単価を1割か2割か上げる必要も出てくるかもしれません。しかし、それでも現場は死ぬほど暑いんだから、経営者は従業員の体調を最優先に考えないといけないんだと思います。特に現場に出ることのない経営者ほど、強く意識持ち、英断してほしいです。