まあまあ遅いけど、無事にスイムを終えたトライアスリート屋根屋の竹内。彼はいかにしてリタイアしたのか…。これは彼のみが知る、真実の物語である。
海から上がり、ウエットスーツを脱ぎながらバイクラックに走り、脱いだウエットスーツとスイムキャップ、ゴーグルを袋に入れます。ちゃんと入れないと1分のペナルティをもらいます。
サングラスとヘルメットを身に着け、サイクルコンピュータのスイッチを入れてから、乗車ラインまでは自転車を押しながら走ります。ちなみにバイクシューズは自転車に取り付けてあります。
イメトレ通りにバイクに飛び乗り、踏み出します。
↓の写真はみやじま国際パワートライアスロンのHPから拝借したイメージ写真です。
ここから200mくらいは平坦なので、その間にバイクシューズに足を入れて、ストラップを締めます。
そうです。200mくらいは平坦。ということはそれ以後は上りです(笑)
リタイアした19キロ地点までの高度はこんな感じ↓
とにかく最初から上り下りを繰り返します。ずっとインターバルです。
スイムから上がってすぐは心拍数が上がりっぱなしになるので、抑え気味にペダルを回します。とはいっても心拍数は170を超えてしまいます。
気持ちだけでも抑え気味にして、抜かれても無視し、上りで抜かれた選手を下りで捕まえるということを繰り返し、少し長めの下りと平坦区間で、やっと心拍数を落ち着け、リズムを取り戻しました。特に長めの下りでは次々と抜くことができて気持ち良かった(笑)
こうなれば、↑の高度画像30分からの上りに入っても普段の練習が生きてきて、さっき抜いていった選手達を次々と捕らえていきます。
水分やエネルギー、塩も摂り、エイドステーションでもらう水は全て身体にかけて冷やしました。
子供たちが応援してくれている場所では、こちらからも手を振ったりして、久しぶりの大会を楽しみながら、走行していると、突然パキューンという音が!
前輪がパンクしました。幸いにも周りには他の選手がおらず、上りでもあったので、端に寄って、すぐに停車。パンク修理に移りました。
ホイールを外し、パンク修理剤『espresso』をバルブに取り付けて、ボタンを押します。これがespresso↓
一気に膨らむタイヤ。
一気にタイヤの横から噴き出す修理剤(笑)
失敗でした。失敗というか、パンク修理剤ではカバーできないほどの、大きな穴が空いていたようです。
僕は予備のタイヤは持たず、パンク修理剤で修理できなかったら諦めることにしています。
ということで、僕の今シーズン初戦はリタイア、Do not finish.となりました。
No.372の人、DNFです(笑)
広島まで行ってDNF(笑)
仕方ないので、ここからは応援にスイッチ。近くにいたボランティアのおじさんと二人で応援しながら、最後尾に着いてくる回収車を待ちます。
リラックスだよー、リズムだよー、顔に力が入ってるよー、かわいいよーと応援しながら、おじさんと話していると、もう7回も連続でボランティアとして参加してくれているとのこと。なんでもバイクの山登りの途中で応援するのが楽しいらしいです。もちろん、次は選手で出場してくださいねとナンパしておきました(笑)
お腹がすいた僕が使わなかったジェルを食べていると、おじさんは支給されたおにぎりとパン、お茶を僕に差し出し、食えと言います。僕も大人なので遠慮したのですが、どうしても食えというので、おにぎりをもらって食べました。コンビニのおにぎりですが、めちゃくちゃ美味かったなぁ。
回収車が上がってきて、乗り込むときに、おじさんは残ったパンとお茶を僕に持たせてくれて、広島弁で来年も来いと言ってくれました。
こうなると、来年も出場せざるをえないから困ります(^^;)
チームメイトの原さんは見事に年齢別1位。
加藤さんは総合11位と年齢別3位。
宮島らしく、メダルではなくてしゃもじで表彰。うらやましい…。
こうして初出場のはつかいち縦断みやじま国際パワートライアスロンは終わりましたが、この大会自体はすごく楽しめました。
しっかりとした運営がなされながらも、手作り感が残っていて、廿日市の特色が生かされていて、地方の大会はこうるべきだと見せてもらえました。地元・常滑のIRONMAN70.3セントレアも見習ってほしいものです。
次は昨年も出場した沼津のトライアスロン駅伝です。
ではでは。