トライアスリート屋根屋、四代目屋根誠・竹内のブログ

旅好きな屋根屋でトライアスリートの竹内賀規が、トライアスロンのことやトレイルランニングのことを書くついでに、屋根のことや瓦のことを書きます。

人を残す人

トライアスリート屋根屋、常滑は屋根誠の瓦葺き師・竹内です。

 

島根スサノオマジックについて、これで3本目になる。

最初は、島根にプロバスケットボールチームを作ろうとした人たちが、約20年前に撒いた種について書いた。

2本目は、その種から育ったものについて。

アウェーから来た僕たちに「名古屋からですか?」と声をかけてくれた人。

試合に負けたあと、「名古屋強いっすね!」と話しかけてくれた高校生くらいの男の子。

「おめでとうございます。強いですね!」と言い、最後に、

「お気をつけて。また来てくださいね」

と送り出してくれたスサマジブースター。

そして「ようこそ」と迎えてくれたスタッフの皆さん。

いろいろなアウェーへ行っているけれど、僕はこんな経験をしたことがなかった。

すっかりスサマジブースターのファンになって帰ってきた。

ところが、この話には思いがけない続きがあった。

 

あの人の名前が分かった

島根にいたとき、ドルフィンズの東野社長から一人の男性を紹介していただいた。

「この方がスサノオマジックの創設者なんですよ」

その場では一緒に写真を撮っていただき、少しお話をしただけだった。

帰宅してから、

「あの方はいったい誰だったんだろう?」

と気になって調べていた。

そして先日、なんとご本人からメールをいただいた。

森山恭行先生。

島根県バスケットボール協会の前理事長で、松江高専で教鞭を執られていた方だった。

そして2007年、「島根県プロ・バスケットボールチーム設立検討・有志の会」の発起人として名前を連ねた、スサノオマジック創設に関わった最初期の一人だった。

ようやく、あの人が誰なのか分かった。

教え子が見つけてくれた

なぜ森山先生から僕にメールが届いたのか。

これがまた嬉しい話だった。

僕がSNSに投稿した文章を、森山先生の教え子の方が見つけたらしい。

そして、

「先生のことがSNSに載ってます」

と森山先生に連絡したそうだ。

先生はその投稿を読んでくださり、

「とても感激かつ恐縮しながら投稿文を読ませていただきました」

と、わざわざ僕にメールをくださった。

僕のほうこそ恐縮してしまう。

そもそも僕は、先生のお名前すら知らずに写真をSNSへ載せてしまったのだから。

それなのに、そのことを咎めるどころか、丁寧なお礼のメールをくださった。

優しい人だった

森山先生とは短い時間しかお話ししていない。

だから、僕が先生のことを知っているなんて、とても言えない。

ただ、実際にお会いして感じた印象がある。

物腰が柔らかくて、優しい人。(実際にどうだったかはわからない笑)

そして、いただいたメールを読んでも、その印象はまったく変わらなかった。

文章もとても丁寧で、

「せっかく竹内様ともご縁ができました」

「次年度以降も是非松江に足をお運びください」

「直接お話しできたら大変嬉しく思います」

と書いてくださった。

ああ、やっぱり僕が感じた通りの人なんだなと思った。

そして、ふと考えた。

こういう人が作ったチームだから、ああいうブースターが育ったのかな。

もちろん、一人の人間の人柄だけでクラブの文化が作られるわけではない。

20年近い時間の中で、たくさんの人が関わり、少しずつ今のスサマジができたんだと思う。

それでも、最初にチームを作ろうとした人たちが何を大切にしていたのかは、やっぱりどこかに残るんじゃないだろうか。

「また来てください」

森山先生からいただいたメールを読んでいて、僕はちょっと笑ってしまった。

前回のブログで一番心に残った言葉として書いたのが、

「また来てくださいね」

だったから。

試合終了後、隣にいたスサマジブースターから言われた言葉だ。

ところが今回、スサマジ創設に関わった森山先生からも、

「次年度以降も是非松江に足をお運びください」

と言っていただいた。

同じなんだよね。

ブースターも、スタッフも、創設に関わった人も、

「島根へようこそ」
「また島根へ来てください」

と迎えてくれる。

偶然なのかもしれない。

でも僕には、どこか一本の線でつながっているように思えて仕方がない。

人を残す

後藤新平の言葉として伝わる、有名な言葉がある。

「財を残すは下、事業を残すは中、人を残すは上」

森山先生は、スサノオマジックという大きな「事業」を残した人の一人だ。

でも今回の出来事で、もう一つ気づいた。

先生が教職を退かれてから7年。

それでも教え子がSNSで先生を見つければ、

「先生のことが載ってますよ」

と連絡する。

SNSを少し見ても、教え子の皆さんから慕われていることが伝わってくる。

きっと森山先生は、長い教員生活の中で、たくさんの**「人」も残してきた人**なんだと思う。

そして僕には、さらにその先があるように見える。

残した事業が、また人を育てている

20年近く前に森山先生たちが作ったスサノオマジック。

今では、家からユニフォームを着てアリーナへ向かう人たちがいる。

地元のチームを心から愛する人たちがいる。

自分たちが負けた直後でも、アウェーのブースターに、

「名古屋強いっすね!」

と笑って話しかけられる高校生がいる。

遠くから来た人間に、

「お気をつけて。また来てくださいね」

と言える人がいる。

僕が前に書いた、設立趣意書の言葉。

「県民の皆様の自信を引き出し」

その言葉は、こんなところにもつながっているのかもしれない。

自分たちのチームを誇りに思う。

自分たちの街を誇りに思う。

だから、外から来た人を温かく迎えることができる。

そして次の世代にも、その文化が受け継がれていく。

人を残した人たちが作った事業が、今度は新しい人を育てている。

そんなふうに思えた。

20年前に撒いた種は、まだ育っている

森山先生は、メールの最後にこんなことも書いてくださった。

退職後、陶芸を始めたという。

そして、

「常滑にお住まいなんですね」

と。

常滑は日本の六古窯の一つで陶芸のまち。

島根で偶然出会った人が、スサノオマジック創設に関わった人だった。

そのことをブログに書いたら、教え子を通じて本人に届いた。

そして今度は、陶芸と常滑でつながった。

人の縁は本当に面白い。

森山先生には、

「また松江へ行ったときには、ぜひ当時のお話を聞かせてください」

と返信した。

そして、

「もし常滑へ来られることがあれば、僕がやきもの散歩道をご案内します」

とも書いた。

20年前に島根で撒かれた種が、巡り巡って、愛知県常滑市に住む僕にまで届いた。

そして、その種から育ったものを見て、僕は島根という土地をますます好きになった。

事業を残し、人を残す。

そして、その人たちがまた新しい人を育て、新しい縁を作っていく。

スサノオマジックというチームを見ていると、

まちづくりとは、建物やイベントを残すことではなく、最後は人を残すこと。

そんなことを思った。

20年前に撒かれた種は、

今もまだ、育ち続けている。

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