トライアスリート屋根屋、四代目屋根誠・竹内のブログ

旅好きな屋根屋でトライアスリートの竹内賀規が、トライアスロンのことやトレイルランニングのことを書くついでに、屋根のことや瓦のことを書きます。

日本がドイツに勝ったのは奇跡じゃない。

トライアスリート屋根屋、常滑は屋根誠の瓦葺き師・竹内です。

日本がドイツに勝ったことを『奇跡』と呼ぶ違和感。

2022年カタール・ワールドカップで日本がドイツを撃破しましたね!1986年、マラドーナの五人抜き、神の手のメキシコ大会から40年近くワールドカップを観ている僕は、興奮で眠れませんでした。1990年イタリア大会は日本が出場するなんてあり得ないことだと思っていて、1994年のアメリカ大会最終予選のドーハの悲劇は、大学の友達と一緒に観ていて最後に落胆し、1998年のフランス大会最終予選、ジョホールバルでの野人・岡野のゴールは名古屋のスポーツバーで観ていて、見知らぬ人たちと抱き合って喜び、3敗で終わった本戦では再び落胆し。その後も日本がよりによってドイツに勝つなんて想像もできないままでした。なんせ名古屋でも活躍したイングランドの名選手リネカーが「フットボールはシンプルなゲームだ。22人の男たちが82分間ボールを追いかけて、ドイツ人たちが退場者を出して13分間は21人がボールを追いかける。そして、最後にはドイツがこうやってクソ勝ちやがる」と言ったほど絶対的な王者。もしかしたらブラジルには勝つチャンスがあるかもしれないというイメージがあるけど、ドイツだけには勝てないイメージがありました。それが、勝っちゃう日が来るんだもんね…。試合の分析も書きたいけど、それは専門家、特に海外の専門家が的確にやってくれているので、そちらを読んで頷くとして、今回のこと『奇跡』と呼ぶことへの違和感について書きます。

日本対ドイツの勝利は奇跡ではない。

日本がドイツに勝ったことを『奇跡』と表現しているのを目にします。いや、奇跡じゃないだろ!と強く思うんです。奇跡ってモーセが海を割るみたいなことでしょ?そういうあり得ないことが奇跡であって、今回の勝利はあり得ないことではないですよね。100回戦えば1回は勝てるとか、そういう話ではなく。選手たちは奇跡が起こるのを待っていたわけではなく、一人一人が何年も積み重ねてきて、覚悟を持ち、ドイツという最強チームをリスペクトしすぎず、勝つつもりで戦術を立て、その戦術を遂行した結果としての勝利。それのどこが奇跡なのか。奇跡どころか必然なはず。

虹を待つな。橋をかけろ。

まるで奇跡のような出来事でも、そこには理由や原因があり、呼応した結果があるはず。いつかかるか分からない、渡れる虹を待つくらいなら、下手くそでも見た目が悪くてもいいから、自分でかけた橋を渡ろう。それが人から見たら虹のような奇跡に見えるってことなのかもしれません。