トライアスリート屋根屋、四代目屋根誠・竹内のブログ

旅好きな屋根屋でトライアスリートの竹内賀規が、トライアスロンのことやトレイルランニングのことを書くついでに、屋根のことや瓦のことを書きます。

やっぱりジョジョの奇妙な冒険は波紋編だと思う。そこにあるのは生死観。

トライアスリート屋根屋、常滑は屋根誠の瓦葺き師・竹内です。

 

近頃の楽しみは、ローラーでバイクにまたがりながら、Huluで『ジョジョの奇妙な冒険』のアニメを観ることです。いつかのブログに書いたつもりになっていましたが、僕は荒木飛呂彦作品が大好きです。古くは『魔少年ビーティー』や『バオー来訪者』。両作品の連載中は小学生だった竹内少年は、それまで読んできたどの漫画とも違う、正義感をぶっ壊すかのような作品に違和感と衝撃を受け、素直に好きとは言えないのに、なぜか気になって読んでしまったものです。バオーの連載はすぐに終わってしまいましたが、その後に連載が始まったのが『ジョジョの奇妙な冒険』で、現在まで中断を挟みながらも、30年以上に渡って連載されています。

荒木先生の作品に共通するのが生死観。荒木先生独特の表現で、生きることと死ぬことを描いていく。読む人に生死について考えさせるのが特徴だと思います。特に荒木先生の前期、ビーティーやバオー、ジョジョの波紋編に顕著でしょう。

 

ジョジョが波紋からスタンドに移って20年以上、もしかすると30年になります。スタンドはいわゆる超能力を絵として可視化したものですが、波紋は人間が修行することで得た能力。初代ジョジョはツェペリさんと波紋の修行をし、途中、残酷に死にゆくツェペリさんから生命エネルギーをもらうことで、それまで以上の能力を発揮することになります。初代ジョジョの能力は、ツェペリさん以外にも、父親や愛犬の死が影にあり、本人も宿敵ディオとともに死ぬことで、話が終焉を迎えます。まったくもって少年漫画の域にはいない作品でした。読んでいて暗い気分にすらなるシーンがたくさんありました。人間のどす黒い部分と、それに抗う正義の部分。久しぶりにアニメを観て、それを思い出しました。

 

スタンド編になって、ちょっと子どもっぽくなってしまったジョジョですが、改めて波紋編を観てみると、素晴らしい作品だということがわかります。Huluを契約している人はぜひどうぞ。

f:id:yoshikixx:20191217204538j:plain